東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1441号 判決 1971年12月14日
控訴人
日本電信電話公社
右代表者
米沢滋
右代理人
永津勝蔵
外五名
被控訴人
後藤三男
外四名
右被控訴人ら代理人
上田誠吉
外三名
主文
原判決を取消す。
被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
事実《省略》
理由
一、被控訴人らがいずれも旧電気通信省の職員であつたところ、被控訴人後藤を除くその余の被控訴人らが昭和二五年一一月一〇日、被控訴人後藤が昭和二六年四月三〇日、それぞれ任命権者である電気通信大臣から、被控訴人らが共産主義者またはその同調者であることを理由として免職処分に付せられたこと、被控訴人らがいずれも当時共産主義者であつたことは当事者間に争いがない。
二、本件各処分はいずれも終戦後平和条約の発効前に行われたものである。ポツダム宣言の受諾により連合国の管理するところとなつたわが国は、国家統治の権限を連合国最高司令官の管理下においてのみ行使しうることとなり、同司令官の発する一切の命令指示は超憲法規範の性質をもち、日本の国家機関および国民は誠実かつ迅速にこれに服従する義務を有し、したがつて日本の法令は右の指示に牴触する限りにおいてその適用を排除されることとなつた。
本件の各免職処分が、原判決理由の三枚目(記録五四丁)から同五枚目(記録五六丁)に記載の(イ)ないし(ホ)の各声名書簡等(原判決には要旨のみがかかげられているが、詳細の内容は最高裁判例集第一四巻第六号九一七・九一八頁および九〇六頁参照)による連合国最高司令官の指示を実施するため行われたものであることは、本件口頭弁論の全趣旨により明らかである。
そこで、右各処分が連合国最高司令官の右の指示内容に適合するものであるかどうかの点について考察する。
1 連合国最高司令官の右指示が、単に「公共的報道機関」についてのみなされたものでなく「その他の重要産業」をも含めてなされたものであることは、その趣旨に徴し明らかであるから、国家機関で電気通信事業を含む公共企業体の性格をももつ旧電気通信省がこれに該当することはいうまでもない。
2 連合国最高司令官の右指示は「共産主義者又はその支持者」を排除すべく要請したものである。そして右指示の文言の全趣旨によると、右の指示は共産主義者又はその支持者と認められる限り、そのすべてを排除すべく要請したものと解すべきであり、官庁、公団、公共企業体については、共産主義者又はその支持者のうち、その機密を漏洩し業務の正常な運営を阻害するなどその秩序をみだり、又は、みだる虞があると認められる者であるかどうかを判断させ、これに該当する者のみを排除すべく裁量の余地を与えたもの(原判決理由第三項参照)とは到底解することができない。右の指示は「共産主義が……破壊的暴力的綱領を宣伝し……法に背き秩序を乱し公共の福祉を損わしめる危険が明白」(昭和二五年七月一八日付書面)であると判断し、この判断を前提として、その信奉者又は支持者の排除を指令しているのである。したがつて、原判決添付の別紙(一)(二)の閣議決定、同了解も、「共産主義又はその支持者」であるかどうかの判定に慎重を期し、かつ右指令の実施を円滑に行なう目的で、そのような表現をとつたものと解すべく、共産主義者又はその支持者であることが明らかな者についても、業務の秩序をみだり、又はみだる虞があるかどうかを判断し、その虞がないと認められる者は、これを排除の対象から除外すべきものとした趣旨とは解しえない。
被控訴人らがいずれも当時共産主義者であつたことは、前記のとおり被控訴人らの自認するところである。そうすると、これを理由として行われた本件各免職処分は、右の指示に適合するものとして、有効といわざるをえない。
三、被控訴人らは、本件各免職処分は、ポツダム宣言の第一〇項に違反するという。しかし、ポツダム宣言の被控訴人ら主張の部分は、連合国の占領政策を抽象的に定めたにすぎない。日本はこれを受諾したが、占領政策実施の直接具体的な権限は連合国最高司令官にあり、前記のように日本政府および国民はその指示に服従せざるをえなかつたのであるから、その指示に従つて行われた本件各処分が、ポツダム宣言の右条項に牴触するとしても、その効力に影響はない。
四、以上のとおり、本件各処分はその余の争点につき判断をまつまでもなく、被控訴人ら指摘の点について無効原因がなく、有効であることが明らかであるから、被控訴人らの本訴請求は理由がない。よつてこれと異なる原判決を取消し、被控訴人らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条に従い、主文のとおり判決する。
(松永信和 長利正己 小木曾競)